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    ☆ メソポタミア文明の音楽

      『最も古い文明の発祥の地は、紀元前4000年のチグリスとユーフラテスの間である』

        同様に文化の変革がナイル川やインダス川、やや遅れて黄河流域にも起こり
        インドと中国の文明は独自に発展し、メソポタミア及び、エジプトの文明は
        その後、中近東や地中海文明の基礎となり、ギリシア・ヘブライ文化からは
        初期キリスト教音楽と美術が生まれた

        最も古い音楽演奏の絵や彫刻、実物の楽器や音楽について最初に記述された
        文書を見いだすのはメソポタミアである。その中でも最古のものとして紀元
        前3000年頃、粘土板に記されている三日月形の三弦ハープがある。

        初期王朝第一期、初期王朝第三期(BC2600年頃)の石灰石版には
        6弦ないし7弦の弓形ハープを演奏している人物と共に描かれている

        ビスマヤで発掘された紀元前2650年頃のステアタイトの花瓶には
        二人の男がハープを水平に持っている様子が描かれ、弦はネックの後ろまで伸び
        飾りのようにぶら下げられている

        またウルの王墓から発掘された「ブ・アビの女王のハープ」は、ネックは真っ直ぐ
        になり、共鳴胴は大きく弓形は直角に近く、弦数は11弦に増えている

        それらは宗教的な意味合いが含まれ、印章や他の浮き彫りにも描かれた
        初期のものは、共鳴胴が「雄牛の形」に作られ、牛の足は、地面に置くことができる
        ように脚台になっている。また側板には、そのハープを持っている演奏者も描かれ
        音は、雄牛の鳴き声に似ていたと言われている
ブ・アビのハープ
        後に胴体は様式化され、雄牛の頭は共鳴胴の飾りとして残されている
        メソポタミア文明の表現様式は、動物の音楽家がよく見られ
        象眼の壁画として知られているものや楽器の共鳴胴にはめ込まれた絵にも
        ロバが座って、熊に支えられたリラを演奏している様子や
        枠太鼓(タンバリン)を打ち、シストルムのようなものを振っている様子が描かれている
ウル出土ハープの螺鈿細工 Bull's head form the soundbox of harp,Ur, C. 2,600 B.C
      *シュメールのリラは、初期王朝第二期から知られ
        共鳴胴とアームで支えられた横木との間に弦が張られる点でハープとは異なっている

        紀元前2000年期の初頭
        音楽家は、王の奴隷として神殿に仕え、魔術や宗教祭儀と深く関わりを持っていた
        ガラとナルの2つのグループに分けられ、それぞれは3つの階層を持ち、6つに分かれていた
        また楽器や楔形文字のテキストが用いられ、ユダヤ聖歌のように、対になった韻詩を歌ってい
        たことも明らかになっている。

        このように宗教を中心としたシュメールの音楽は、神殿の礼拝のために演奏されたが
        ある一方で、祝宴・軍の凱旋・葬儀などその他の儀式の要でもあった。



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        *シストルム

        木や金属、粘土でできた枠に柄が付いたものに
        『チリンチリン』と鳴る鈴のようなものを吊り下げた横木をゆるく付け
        これを振ると音が出るようにしたガラガラ類の打楽器

        古代エジプトでは、シストルムは、主にハトホル女神の礼拝で用いられ、「神殿の形」あるいは
        「馬蹄形」をしている
        ハトホル神は、「太母神」「生命を授ける女神」イシスと同一視され、ハトホル−アセトと呼ばれ
        後にシストルムは「イシス礼拝」でローマ帝国全土に広まった

        先の開いたU字型のシストルムは、BC2500年頃からシュメールに存在し
        ロシアでは、グルジアのティビリス近くで発掘されている

        同様のシストルムは、今日でもコプト教会、エチオピア教会の典礼で演奏され
        また、西アフリカ・アメリカンインディアンの部族の間にもあり
        マレーシアやメラネシアでは竹で作られたものがある

        銅の拍子木は、ハープとリラ、2〜3種の打楽器と共にキシュとウルで発見され
        印章にも描かれ、最も文明初期の段階において用いられた唯一の楽器である

        (The New Encyclopaedia Britannica より)
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    ☆シュメール以降の音楽

      エジプト:古代王朝

        紀元前2000年期の発達

        エジプト音楽の起源は、メソポタミアほど早くはないにしても、紀元前2000年より以前と推測される
        第五王朝のレリーフは、ウルの王墓と同年代で、メソポタミアと関連があると思われる楽器が描かれている
        拍子木やガラガラの類は、さらに古い時代から描かれ埋葬された船に描かれた初期の絵にも見られる

        紀元前2635年〜2155年
        浮き彫りや絵画は、一般にメソポタミアのものより正確で、サッカラのティメレルカの墓にあるレリーフや
        ギザのカイエマンクのマスタバ[墓の上部構造]に描かれた絵には、初期メソポタミア型の、三弦から五弦の弓形ハープ
        が描かれ、また発達した共鳴胴や、ホルス神の目の装飾が描かれていることもある。

        それに加え、フォーク型の拍子木、枠太鼓が描かれ、また、指穴のない長笛や二本組のダブル・パイプも見られる。
    *後の標本から、リードは一本であることが分かった

        演奏は、座って行われ、通常ハープが一つ(時には二つ)と長い笛(持続低音を出すものと思われる)が含まれている。
        それぞれの楽器演奏者は一人の歌い手と向かい合い、手を耳に当て、演奏者に決められた合図を送る

        これらは、コプト教の影響も見られ、教会の典礼で歌われるときに用いられる手の合図とよく似ている
        また、しばしメソポタミアの絵にも見られるように、歌手が喉頭をつねっていることもある

    ☆エジプト中期

      中王朝の時代には(BC2134年〜1650年頃)

        この頃には、円筒状の太鼓(テベン)が知られ、二つの新しい型のシストルム、陶器や木製・金属(セケム)製の
       「鐙の形」あるいは、「小さな家や祠の形」をしたものが知られている
        双方の型ともに、柄の部分には「愛と歓喜の女神」であるハトホル神の頭が付いている
        *セシェシェトまたはナオス・シストルムと呼ばれることもある

        シストルムは、宗教的な象徴「神殿の祭具」であり、ハトホル神殿の祭儀では、シストルムに
        合わせて踊ることが重要な部分を占めていた

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    ギリシアの竪琴

        リラという楽器は色々な伝説があり
        マーキュリーがナイル川の岸で見つけた亀の甲に弦を張って作ったといわれる
        又マーキュリーが発明して
        オルフォイスが製法や使用法を作り
        タミリスとリグスに伝えられアムフィオンに伝え
        リラの七弦になぞらえて
        テーベの七つの戒門を築いたという伝説がある。

        マーキュリー(Mercury): 水銀(元素記号 Hg)常温で液体である金属

        牧畜・音楽・発明・窃盗・幸運・預言・取引・弁舌・体育などの守護神

        @ギリシア神話のヘルメス(Hermes)
          *門の入り口などの角柱ヘルム(Herm)を語源としている

        Aローマ神話のメリクリウス(Mercurius)

        神々の伝令者
        足には羽のはえた靴タラリア
        頭には羽のはえた帽子ペタソス
        手には羽のはえた杖
        二匹の蛇がからまるカドゥケウス
        ヘルメスは、「足早き者」

        主神ゼウスとアトラスの娘マイアの子として
        アルカディアのキュレネー山の洞穴で生まれた。
        その日のうちに揺りかごから出てきて
        近くを這っていた亀の甲羅をはぎ
        穴をあけて七本の糸をとおし手で弾き鳴らし
        太陽神アポロンの五十頭の牛の群れを盗むと
        二頭を食べてから残りを隠し、
        その日のうちに何ごともなかったかのように揺りかごに戻った。
        しばらくして怒ったアポロンがやって来たが
        ヘルメスは作ったばかりの亀の甲羅でつくった竪琴を贈って機嫌をとり
        お返しに羽のはえた杖を譲ってもらう
        この機知にとんだ赤子のことを知ったゼウスは彼をオリンポスへと連れていき
        以後ヘルメスは、神々の伝令として仕えることになった。

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